年 | 慶一のまわり | 年齢 | 出来事 |
1970 | 高校を卒業。家に引き篭もりテープを使った音実験に没頭/この頃、あがた森魚と出会う/ジャックス・ファン・クラブ・コンサートで「アンク・サーカス」として初ライブ(5/3)/御苑スタジオで早川義夫と会う/日比谷野外音楽堂でのはっぴいえんどライブにゲスト参加(9/16) | 19 | キンクス「ヴィクトリア」英チャート35位(1)/大阪で万国博覧会開催(3/14〜9/13)/よど号ハイジャックされる/アトムズ、ヤクルトアトムズに変更/ポール・マッカートニーがビートルズ脱退を表明/M.アントニオーニ監督「砂丘」/はっぴいえんどデビュー |
1971 | あがた森魚の自主製作レコード「蓄音盤」に参加/はちみつぱい結成/はちみつぱい中津川フォークジャンボリー参加(8/7〜9) | 20 | ドルショック 1ドル=360円から変動相場制へ(8) |
1972 | はちみつぱいがバックを務めたあがた森魚「赤色エレジー」大ヒット 最高位7位/はちみつぱい「春一番コンサート」参加(5/6,7) | 21 | 浅間山荘事件(2/19〜2/28) |
1973 | はちみつぱい「春一番コンサート」参加(5/5,6)/はっぴいえんど解散コンサートにゲスト参加(9/21)/はちみつぱい「センチメンタル通り」リリース(11/25) | 22 | 渋谷PARCOオープン(6/14)/オイルショック(10)/LPレコード標準価格、年末から翌年にかけて、2000円から2300〜2500円に上昇 |
1974 | はちみつぱいSg「君と旅行鞄」リリース(5/25)/アグネス・チャンのバッキング始める(7)/はちみつぱい解散コンサート(11/25) | 23 | 富田勲シンセサイザーアルバム「月の光」世界的ヒット/ヤクルトアトムズ、スワローズに球団名変更 |
1975 | はちみつぱい最後の日(1/31)/ムーンライダーズとして、アグネス・チャンのバックを担当(2/1〜)/太田区民センターでムーンライダーズとしてのデビューコンサート(9/23) | 24 | パルコ出版「ビックリハウス」創刊 |
1976 | 鈴木慶一とムーンライダース「火の玉ボーイ」リリース(4/25)/鈴木慶一とムーンライダースSg「スカンピン」リリース(4/25) | 25 | 「モンティパイソン」日本版東京12チャンネルで放送開始(4)/アグネス・チャンカナダ留学のため、芸能生活一時休止(8)/10ccからゴドレイ&クレーム脱退、分裂(10)/セックス・ピストルズ「ANARCHY IN THE UK」リリース(11/26)/ソニー、家庭用VTR「ベータマックス」発売 |
1977 | ムーンライダーズ「MOONRIDERS」リリース(2/25)/ムーンライダーズSg「ジェラシー」リリース(8/25)/ムーンライダーズ「イスタンブール・マンボ」リリース(10/25) | 26 | ロッド・スチュアート「もう話したくない�」英チャートで1位(5/21)/ローランド社がデジタル・シーケンサーMC-8発表(6)/DEVO「サティスファクション」リリース(7)/日本ビクター、VHS規格の家庭用VTR発売(9)/XTC「3-D EP」でデビュー(10) |
1978 | 鈴木慶一「Science Fiction」リリース(6/25)/ムーンライダーズ「NOUVELLE VAGUES」リリース(12/25) | 27 | タイトー「スペースインベーダー」日本全国で大ブーム/新東京国際空港開港、国際線発着羽田から移行(5/20)/ヤクルトスワローズ初優勝/YMO「イエローマジックオーケストラ」リリース(11/25)/ウディ・アレン監督「インテリア」 |
1979 | プロデュース作パンタ&HAL「マラッカ」リリース(3/21)/ムーンライダーズ「MODERN MUSIC」リリース(10/25)/ムーンライダーズSg「ヴァージニティ」リリース(10/25) | 28 | 自動車電話サービス開始月額基本料金3万円 |